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第3部 トランプ政権下における留学生・研究者への影響(2025年3月末時点)

執筆者の写真: Akagi LabAkagi Lab

更新日:5 日前


トランプ政権移行後の米国で進む変革について、公開されている報道資料を引用する形式でまとめたブログを公開しました。第1部「DEIプログラムの設立から廃止まで」、第2部「トランプ政権下の米国研究機関と大学」、第3部「留学生・研究者への影響」の視点から現状を整理しています。

本ブログは、あくまで日本国内から入手可能な報道情報のみに基づく個人的な分析であり、現地の実態をすべて網羅できているわけではありません。情報の偏りや見落としがある可能性も十分にあることをご理解ください。最新かつ正確な情報については、複数の情報源や公式発表を直接ご確認いただくことをお勧めします。米国の教育研究動向に関心のある方々の参考となれば幸いです。

【1】はじめに

2025年3月、トランプ政権の科学研究・国際教育に関する方針転換が、アメリカの大学や研究機関、そしてそこに所属する留学生や研究者に大きな影響を与えています。本稿では、最近の政策変更とその影響について、客観的な事実に基づいて概観します。

 

【2】国際教育・交流プログラムの資金凍結

2025年2月12日、アメリカ国務省は教育文化局(ECA)による国際教育・交流プログラムへの資金提供を15日間一時停止すると通知しました。この措置は2月27日に終了する予定でしたが、解除されないまま継続しています[1]。

 

国際教育者協会(NAFSA)の事務局長兼CEOであるファンタ・アウ氏は、「国務省の助成プログラムの凍結は、米国の経済や国家安全保障に不可欠な留学と国際交流プログラムの存続を脅かしている」と批判しています[1]。

 

また、朝日新聞によれば、この措置は海外で学ぶ米国人だけでなく、米国で学ぶ日本人留学生にも大きな影響が及ぶ可能性があります。特にフルブライト奨学金は第二次世界大戦後に始まり、長年にわたり米国に留学する日本人への支援を行ってきました[4]。

 

表1. 影響を受ける主要プログラム

プログラム名

概要

対象者・影響

フルブライト奨学金

第二次世界大戦後に始まった国際教育交流プログラム

米国に留学する外国人(日本人含む)と海外に留学する米国人

ギルマン奨学金

経済的に恵まれない学生向けの海外留学支援プログラム

米国の学部生、特に低所得層や少数派グループ

国際訪問リーダーシッププログラム

世界各国の現在・将来のリーダーを米国に招聘するプログラム

世界中の専門家、市民社会活動家、若手リーダー等

クリティカル・ランゲージ・スカラーシップ

重要外国語習得のための集中語学プログラム

米国の学生(アラビア語、中国語、ロシア語等の学習者)

IDEASプログラム

米国の学生のグローバルアクセスを広げるプログラム

米国の大学・カレッジおよびその学生

YES、FLEX、CBYXプログラム

青少年向け交換留学プログラム

高校生を中心とした若年層

スティーブンス・イニシアチブ

オンライン・バーチャルでの国際交流プログラム

中東・北アフリカと米国の若者


【3】研究助成金のカットと影響

トランプ政権は、研究助成金の大幅な削減や凍結を実施しています。特に以下の措置が取られています。


① 研究資金の凍結と削減

国立科学財団(NSF)をはじめとする科学資金提供機関への研究助成金が凍結され、多くの研究プロジェクトが停滞しています[2]。また、国立衛生研究所(NIH)による生物医学研究機関への「間接費」(施設維持費など)の削減も試みられました(後に連邦裁判所により一時的に阻止)[2]。


特にコロンビア大学では、パレスチナ支持の学生デモに対する大学の「対応不足」を理由に、4億ドル(約600億円)の連邦政府からの助成金がキャンセルされました[5]。NIHだけでも2億5000万ドル以上の資金と400以上の研究助成金がキャンセルされ、多くの研究者やPhD学生、ポスドクが突然の資金喪失に直面しています[5]。

 

表2. 研究助成金カットの影響:主要機関別概要(2025年3月現在)

機関/大学

影響の内容

影響額/規模

状況

国立科学財団(NSF)

研究助成金の凍結

多数のプロジェクトが停滞

継続中

国立衛生研究所(NIH)

間接費率の削減(40-70%→15%)

大学に数十億ドルの損失の可能性

連邦裁判所により一時阻止

コロンビア大学

連邦政府からの助成金キャンセル

4億ドル(約600億円)

3月7日発表、即時実施

コロンビア大学のNIH助成金

研究助成金の終了

2億5000万ドル以上、400以上の助成金

実施中

ジョンズ・ホプキンス大学

USAID関連の助成金キャンセル

8億ドル以上

実施中、2,000人の雇用削減を発表


② 若手研究者への影響

資金凍結と削減は、特に若手研究者に深刻な影響を与えています。Nature誌の報告によると:

  • 多くのPhD学生やポスドクが給与の支払いに不安を感じています[6]

  • 一部の若手研究者は、研究キャリアの放棄や国外移住を検討しています[6]

  • NIHの夏季インターンシッププログラムや学士課程後研究プログラム(post-baccalaureate programme)が凍結されています[7]

ノーザンイリノイ大学のアシスタントプロフェッサー、スザンヌ・オートリー氏は「(助成金がなければ)研究ができず、テニュア(終身在職権)獲得のための業績を積めない」と語っています[6]。

 

③ PhD入学制限

資金不足を受け、多くの大学がPhDプログラムへの入学者数を制限したり、受け入れを一時停止しています[7]。ペンシルベニア大学では、一度非公式に合格通知を出した後で取り消すケースも報告されています[7]。

バンダービルト大学の社会科学プログラムに応募した学生は「今年は合格がなく、研究を続けるかどうかも分からない」と語っています[3]。

 

【4】多様性・公平性・包摂性(DEI)プログラムの廃止

2025年1月、トランプ大統領は就任初日にDEIプログラム禁止の大統領令に署名しました[3]。教育省は2月14日、すべての教育機関に対して、入学、財政援助、採用、研修などにおける人種要素の使用停止を指示し、2週間以内の対応を求める書簡を送付しました[3]。

これにより以下のような影響が生じています。

 

① 大学住居プログラムの廃止

アイオワ大学では、ラテン系、黒人、LGBTQ+の学生を対象とした共同生活学習コミュニティ(Living Learning Communities)が2025年秋から廃止されることになりました[3]。学生のダニエラ・ピントル=メンドーサ氏は「家から離れた場所での第二の家のようなものだった。やる気を維持し、励ましてくれる人々に囲まれていられた」と語っています[3]。

 

② 奨学金プログラムの終了

ミネソタ州のセント・トーマス大学では、教員不足解消のための680万ドルの連邦助成金が打ち切られました。この資金は、特別支援教育や初等教育の教員を目指す大学院生に年間最大2万ドルの奨学金を提供するものでした[3]。

ミネソタ大学でも同様に、特別支援教育教員養成のための230万ドルの助成金が教育省から打ち切られています[3]。

 

③ DEI関連オフィスの閉鎖と人員削減

オハイオ州立大学では、多様性・包摂性オフィス(Office of Diversity and Inclusion)と帰属・社会変革センター(Center for Belonging and Social Change)が解体され、16のスタッフポジションが削減されました[3]。

アリゾナ州のマリコパ郡コミュニティカレッジ区では、DEI関連のボランティアや有給ポジションの再評価、従業員のメールシグネチャーや名刺からの代名詞表記の削除などが行われています[3]。

大学

影響を受けたプログラム

具体的問題

大学/学生の対応

アイオワ大学

・共同生活学習コミュニティ (LLC)・Unidos (ラテン系)・黒人向けLLC・LGBTQ+向けLLC

・住居選択期限後に廃止通知・新たな居住先確保の困難・文化的所属感の喪失・少数派学生の孤立感増加

・一般寮への振り替え・学生によるキャンパス中心部での抗議活動・「Diversity Makes a University」等のスローガン掲示

セント・トーマス大学

教員養成奨学金プログラム(680万ドルの連邦助成金)

・夏学期の資金不透明・教員育成パイプラインの縮小・教員不足の悪化懸念

・ネイト・マッケンジー氏:「待機状態。落とされる靴がどれほど重いか」・一部学生は代替資金源を模索

ミネソタ大学

特別支援教員養成プログラム(230万ドルの助成金)

・60人の教員養成計画が中止・2025年秋開始予定だった第一期生受け入れ不可・教育現場への長期的影響

・教育現場からの懸念表明・代替財源の模索

オハイオ州立大学

多様性・包摂性オフィス帰属・社会変革センター

・16のスタッフポジション削減・学生支援サービスの喪失・DEI関連研究の中断

・Office of Civil Rights Complianceへの改名・職員の学内他部署への異動支援

マリコパ郡コミュニティカレッジ区

DEI関連の職員ポジションDEIに焦点を当てたイベント・活動

・メールシグネチャー等からの代名詞表記削除・10のカレッジと10万人以上の学生に影響・プロフェッショナル開発機会の減少

・内部監査の実施・「すべての学生を歓迎する学習環境」維持を表明

 

【5】入国制限の検討

トランプ政権は国家安全保障上の理由から、41カ国の市民に対する新たな入国制限を検討しています[8][9]。

 

① 制限の概要

検討中の入国制限は3段階に分かれています[9]:

  1. イラン、北朝鮮、アフガニスタン、キューバ、シリアなど10カ国に対しては、ビザ発給の全面停止

  2. エリトリア、ハイチ、ラオス、ミャンマー、南スーダンの5カ国に対しては、観光・学生ビザなどの一部停止(一部例外あり)

  3. ベラルーシ、パキスタン、トルクメニスタンなど26カ国に対しては、政府が「60日以内に不備に対処する努力をしない」場合、ビザ発給の一部停止を検討

 

② 留学生への影響

すでにコロンビア大学の卒業生マハムード・ハリル氏など、昨年のパレスチナ支持キャンパス抗議活動に参加した外国生まれの大学卒業生の在留資格取り消しと国外退去が進められています[8]。

インド国籍のコロンビア大学博士課程学生ランジャニ・スリニヴァサン氏は、当局から「ハマスを支援する活動に関与した」として査証を取り消され、「自主的に国外退去」することを選択しました[8]。

 

【6】社会的影響と抗議活動

こうした政策に対して、科学者や研究者らによる抗議活動が各地で行われています。2025年3月7日には「Stand Up for Science(科学のために立ち上がれ)」集会がアメリカ各地やヨーロッパで開催され、数千人の研究者と支援者が参加しました[2]。


マサチューセッツ工科大学の認知神経科学者ナンシー・カンワイシャー氏は「人員を解雇して後で必要になったときに再雇用することはできない。一世代の科学者が失われることになる」と警告しています[2]。

 

【7】考察―留学先としての米国の現状と見通し

①研究環境の変化

米国の大学や研究機関は現在、資金削減による様々な影響に直面しています。大学院生の受け入れ枠の縮小や、研究プロジェクトの縮小・中止が懸念されています。特に生物医学研究分野では、NIHの助成金に依存する研究室が多いため、影響が大きいと予想されます。

ジョンズ・ホプキンス大学のケースに見られるように(「②トランプ政権下の米国研究機関と大学)参照)、特定の研究分野では大幅な人員削減も行われており、研究指導体制や研究環境に変化が生じる可能性があります。

 

②留学生への具体的影響

現時点(2025年3月末)では留学生のビザ政策に関する大きな変更は報告されていませんが、研究環境の変化は留学生にも影響を与える可能性があります。特に以下の点に注意が必要でしょう。

 

  1. 研究資金の減少: 指導教員の研究費が削減された場合、留学生への経済的支援(RA/TAポジションなど)が減少する可能性があります。

  2. 研究テーマの制約: 特定の研究分野(多様性関連研究やトランスジェンダーの健康研究など)への助成金が取り消されているとの報告もあり[2]、研究テーマの選択に影響が出る可能性があります。

  3. キャリアパスの変化: 米国内での研究職の減少により、学位取得後のポストドクターや研究職への就職が困難になる可能性があります。

 

③他国との比較

米国の研究環境に変化が生じる一方で、他の国々は科学研究への投資を継続または拡大している例も見られます。サイエンス誌のソープ編集長は「これは日本や他国が才能のある人材を雇う大きなチャンス」と述べています[10]。

 

留学先として米国以外の選択肢(欧州、アジア、オセアニアなど)も視野に入れることが、現在の状況では重要かもしれません。

 

【8】まとめ

トランプ政権下の政策変更は、アメリカの大学や研究機関、そこで学び研究する国内外の学生や研究者に広範な影響を与えています。国際教育プログラムの凍結、研究資金の削減、DEIプログラムの廃止、そして入国制限の検討は、短期的には多くの個人のキャリアや研究プロジェクトに影響し、長期的にはアメリカの科学研究能力や国際的な教育・研究のリーダーシップに影響を与える可能性があります。

 

日本人留学生や研究者にとっても、フルブライト奨学金などの支援プログラムの凍結や大学の研究環境の変化は無視できない問題です。今後の政策動向を注視し、留学・研究計画については最新情報に基づいて検討することが重要でしょう。

 

【9】引用文献

[1] "Suspension of International Education and Exchange Program Funding Threatens U.S. Economic and National Security"


[2] "Scientists will not be silenced: thousands protest Trump research cuts"


[3] "From scholarships to housing, college students struggle with the effects of Trump orders against DEI"


[4] "トランプ政権が海外留学の奨学金助成を停止 日本人に影響の可能性も"


[5] "My career is over': Columbia University scientists hit hard by Trump team's cuts"


[6] "Postdocs and PhD students hit hard by Trump's crackdown on science"


[7] "US universities curtail PhD admissions amid Trump science funding cuts"


[8] "Trump administration mulling new travel restrictions on citizens from dozens of countries"


[9] "米政権、41カ国の入国制限を検討 イラン・北朝鮮はビザ発給停止", https://jp.reuters.com/world/security/U65XWMX43FITPAP2M3F6XZD4BY-2025-03-16/


[10] "トランプ再来で科学大国の座失う米国 サイエンス編集長が語るカオス"

朝日新聞, 2025年3月17日




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