第1部 米国の多様性政策の変遷:DEIプログラムの設立から廃止まで(2025年3月末時点)
- Akagi Lab
- 3月24日
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更新日:6 日前
トランプ政権移行後の米国で進む変革について、公開されている報道資料を引用する形式でまとめたブログを公開しました。第1部「DEIプログラムの設立から廃止まで」、第2部「トランプ政権下の米国研究機関と大学」、第3部「留学生・研究者への影響」の視点から現状を整理しています。 本ブログは、あくまで日本国内から入手可能な報道情報のみに基づく個人的な分析であり、現地の実態をすべて網羅できているわけではありません。情報の偏りや見落としがある可能性も十分にあることをご理解ください。最新かつ正確な情報については、複数の情報源や公式発表を直接ご確認いただくことをお勧めします。米国の教育研究動向に関心のある方々の参考となれば幸いです。 |
【1】はじめに
近年のアメリカでは、多様性・公平性・包摂性(Diversity, Equity, and Inclusion:DEI)に関する政策が大きく変化しています。2023年の最高裁判決を契機に、2025年のトランプ政権復活後はDEIプログラムの廃止が急速に進み、社会の様々な側面に影響を与えています。このブログでは、アメリカのDEI政策の歴史的背景から最近の動向まで、ネット上で報道されているニュース等に基づいて振り返ってみたいと思います(2025年3月時点)。
【2】DEIプログラム設立の歴史的背景
アメリカにおける多様性推進プログラムの歴史は、公民権運動まで遡ります。1964年に人種差別を禁止する「公民権法」が制定された後、当時のジョンソン大統領が1965年に「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を大統領令で規定しました。これにより多くの大学でも人種を考慮した選考が始まりました[1]。
アファーマティブ・アクションは主に「過去の過ちに対する補償」と「多様性の確保」が根拠とされていましたが、近年は「多様性の確保」に主眼が置かれるようになりました[1]。
ハーバード大学などの教育機関は「是正措置がなくなれば、学生が多様性のある環境で生活し、学ぶ機会が失われてしまう」と主張し、アップルやグーグルなど米国の著名企業約80社も、企業が消費者の多様なニーズに応えるには、大学が多様な人材を企業に送り出す必要があると訴えていました[1]。
近年使われるようになった「DEI(多様性・公平性・包摂性)」という言葉は、人種だけでなく、性別、LGBTQ(性的少数者)、障害者など様々なマイノリティグループの包摂を目指す、より広い概念として浸透していきました。特に2020年5月のジョージ・フロイド事件を契機に広がった「Black Lives Matter(黒人の命も大切だ)」運動の高まりによって、社会的公正に対する認識が強まり、企業のDEI関連の取り組みが急増しました。この社会運動を背景に、多くの企業がDEI担当者を設置したり、多様性目標を設定したりするようになりました[11]。
【3】2023年の最高裁判決の影響
2023年6月、連邦最高裁は大学の入学者選抜で人種を考慮する「アファーマティブ・アクション」を巡る訴訟で、人種を考慮することは「法の下の平等」を定めた憲法修正14条に違反すると判断しました。最高裁は1978年の判決で容認してから、実に45年ぶりに判断を覆したことになります[1]。
この判決により、大学だけでなく、企業のDEI政策の法的根拠も不確実になりました。実際、1996年に住民投票で是正措置が禁止されたカリフォルニア州では、難関の公立大学で新入生における黒人とヒスパニックの割合がおよそ半減したという事実があり[1]、この判決の社会的影響は非常に大きいものでした。
【4】トランプ政権復活後のDEI政策の廃止
① 連邦政府のDEI政策廃止
2025年1月20日、就任直後のドナルド・トランプ大統領は、連邦政府の多様性、公平性、包摂性(DEI)プログラムを終了する大統領令に署名しました[3][4]。この大統領令では、行政管理予算局(OMB)長官に、司法長官および人事管理局(OPM)長官の支援を受けて、連邦政府における違法なDEIや「多様性、公平性、包摂性、アクセシビリティー(DEIA)」を強制する政策、プログラム、優遇措置、活動など、全ての差別的プログラムを廃止するよう指示しています[3][4]。
トランプ大統領はDEIについて、バイデン前政権の政策を「違法かつ不道徳な差別プログラム」と表現し、連邦職員の業績評価を含む連邦雇用慣行は「個人の積極性や、技能、業績、勤勉度によって行われるべきで、DEIまたはDEIAに係る要因、目標、方針、義務または要件を考慮してはならない」としました[4]。
さらに1月21日に発表された声明では、「公民権法」が「人種、肌の色、宗教、性別、または国籍に基づく差別から個々の米国人を保護」しており、「この公民権保護は全ての米国人の機会を平等に支える規範として機能している」とし、「大統領としてこの法律が確実に施行されるようにする確固たる義務がある」と述べています[4]。
② 政府機関での具体的な動き
大統領令に基づき、連邦政府の各機関ではDEI関連の職員や部署の廃止が進みました。環境保護庁(EPA)では市民権利局で働く約200人の職員が有給休暇扱いとなりました[6]。2025年3月14日には、連邦控訴裁判所がトランプ政権による連邦政府機関と連邦政府と契約する企業でのDEIプログラム禁止令の執行を許可する判断を下しました[13]。リッチモンドの第四巡回区控訴裁判所の3人の判事からなるパネルは、DEIプログラムを標的とするトランプ大統領の2つの大統領令の執行を阻止していた下級裁判所の差し止め命令を解除しました[13]。
③ 民間企業への影響の拡大
トランプ政権は連邦政府機関のDEIプログラム終了だけでなく、民間企業にも同様の対応を求めています。1月21日の発表では、司法長官に対し、発表日から120日以内に、関係省庁と協議した上で、民間企業によるDEIの廃止を奨励するための適切な措置を講じる勧告を含む報告書を大統領補佐官(国内政策担当)に提出するよう命じました[4]。
また、トランプ大統領は自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、アップルにDEIルールを調整するだけでなく廃止するよう求め、「DEIは米国に悪影響を及ぼしてきたデマだ。DEIは終了だ!」と主張しています[9]。
さらに2025年3月14日には、連邦控訴裁判所が、連邦政府機関や連邦政府と契約関係にある企業でのDEIプログラム禁止に関するトランプ政権の執行を許可する判断を下しました[13]。
表1. DEI政策の主な出来事タイムライン
年 | 出来事 | 内容 |
1964年 | 公民権法制定 | 人種差別を禁止する「公民権法」が制定 |
1965年 | アファーマティブ・アクション導入 | ジョンソン大統領が「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」を大統領令で規定 |
1978年 | 最高裁の判断 | 最高裁が大学入学選考での人種考慮を容認する判断 |
1996年 | カリフォルニア州の住民投票 | カリフォルニア州で是正措置が禁止され、難関公立大学での黒人・ヒスパニック系新入生が半減 |
2020年 | ジョージ・フロイド事件とBlack Lives Matter運動 | 企業のDEI関連の取り組みが急増し、多くの企業がDEI担当者を設置 |
2023年6月 | 最高裁の違憲判決 | 大学入学選考での人種考慮は憲法修正14条に違反すると最高裁が判断(45年ぶりに判断を覆す) |
2025年 1月20日 | トランプ大統領DEI廃止令 | トランプ大統領が連邦政府のDEIプログラムを終了する大統領令に署名 |
2025年 3月14日 | 連邦控訴裁判所の判断 | 連邦控訴裁判所がトランプ政権によるDEIプログラム禁止令の執行を許可 |
【5】民間企業のDEI政策の見直し
① 主要企業の対応
多くの主要企業がトランプ政権の方針に沿ってDEI政策を見直しています。以下にいくつかの事例を紹介します。
マクドナルドは2025年1月6日、DEI施策の一部を取りやめる方針を明らかにしました。サプライヤーに特定のDEI目標の必達を求めることを含め、多様性を巡る特定の目標を取りやめるとともに、企業の多様性を測定する外部調査への参加も中止しました。また、多様性チームの名称を「グローバル包摂性チーム」へ変更すると発表しています[2]。
ターゲットは2025年1月24日、少数派従業員の採用目標の廃止、人種的公正に焦点を当てた執行委員会の廃止など、多様性イニシアチブのいくつかの変更を発表しました。ターゲットは「ブルズアイでの帰属意識(Belonging at the Bullseye)」と呼ばれる新しい戦略を導入し、「チーム、ゲスト、コミュニティに帰属意識を生み出すことへのコミットメント」を維持すると述べる一方で、「変化する外部環境に合わせて歩調を合わせる必要性」も強調しました[7]。
バンク・オブ・アメリカは2025年2月25日付の年次報告書で、多様性推進の取り組みを一部廃止しました。多様性に関する採用目標や管理職登用において多様なグループから候補者を検討するルールへの言及が削除されています[8]。同行の広報担当者は「われわれは新たな法令や裁判所の判断、より最近では新政権の大統領令に照らして、自社のプログラムを評価、調整している」と説明しました[8]。
ゴールドマン・サックスは2025年2月27日に公表した年次報告書から「多様性と包摂性」に関する項目を削除しました。デービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)は「米国での法律の動向を反映するため、一定の調整を行った」と説明しています[10]。
これらの企業以外にも、メタ・プラットフォームズ、アマゾン、ウォルマート、フォード、ハーレーダビッドソン、ジョンディアなどの企業がDEI施策の変更を迫られています[2][6]。
② 反対の動き
一方で、全ての企業がDEI政策を後退させているわけではありません。コストコ・ホールセールやデルタ航空など、反DEIの動きを拒否する企業も存在します[6]。
また、アップルの株主は2025年2月25日の年次総会での投票で、DEIを引き続き推進する経営陣の方針を承認しました[9]。アップルのティム・クックCEOは同日の年次総会で、同社の「強み」は最優秀の人材を採用して彼らに協力の文化を提供することに由来していると強調しています[9]。
さらに、米議決権行使助言会社のグラスルイスは、取締役会に性別、人種、LGBTQ(性的少数者)の多様性が欠けている場合には株主が反対票を投じることを推奨する議決権行使基準を堅持することを表明しました[12]。
表2. 主要企業のDEI政策変更一覧
企業名 | 発表日 | 変更内容 | コメント・理由 | 引用 |
マクドナルド | 2025年 1月6日 | ・サプライヤーへのDEI目標必達要求廃止・多様性チームを「グローバル包摂性チーム」へ改名・多様性測定外部調査への参加中止 | 「包摂性を巡る当社の価値観に照らすと、今回の名称変更はよりマクドナルドにふさわしく、我々のチームの仕事と親和性が高い」 | [2] |
ターゲット | 2025年 1月24日 | ・少数派従業員の採用目標廃止・人種的公正に焦点を当てた執行委員会廃止・「ブルズアイでの帰属意識」という新戦略導入 | 「チーム、ゲスト、コミュニティに帰属意識を生み出すことへのコミットメント」を維持しつつ「変化する外部環境に合わせて歩調を合わせる必要性」を強調 | [7] |
バンク・オブ・アメリカ | 2025年 2月25日 | ・多様性に関する採用目標廃止・管理職登用での多様なグループからの候補者検討ルール削除 | 「新たな法令や裁判所の判断、より最近では新政権の大統領令に照らして、自社のプログラムを評価、調整している」 | [8] |
ゴールドマン・サックス | 2025年 2月27日 | ・年次報告書から「多様性と包摂性」項目削除 | 「米国での法律の動向を反映するため、一定の調整を行った」 | [10] |
その他 | - | 多様なDEI施策の見直し | メタ・プラットフォームズ、アマゾン、ウォルマート、フォード、ハーレーダビッドソン、ジョンディアなども同様の変更 | [2][6] |
*DEI政策維持を表明した企業:コストコ・ホールセール、デルタ航空などは反DEIの動きを拒否し[6]、アップルの株主は2025年2月25日の年次総会での投票で、DEIを引き続き推進する経営陣の方針を承認しています[9]。
【6】DEI政策変更の社会的影響
① 教育機関への影響
ハーバード大学ロースクールでは、2024年秋学期の一年生黒人学生数が500人以上の入学者のうち19人にとどまり、前年の43人から半減以上となりました。これは1960年代以来最低の数字です。同様にヒスパニック系学生の入学者数も63人から39人に減少しました[11]。
一方で、すべての大学で同様の傾向が見られるわけではありません。ノースウェスタン大学では、2024年秋学期の新入生のうち、黒人学生が11%増加し、ヒスパニック系学生が13%増加しました。また、ダートマス大学ではヒスパニック系学生の割合が9.7%から12.7%に上昇しています[11]。
この違いは、人種や民族ではなく「社会経済的包摂」に焦点を移すことで、結果として同様の多様性が達成されている可能性があります。実際、ダートマス大学は「低・中所得層の家族がアクセスしやすくする」ための調整を行ったと発表しています[11]。
② 組織内での動き
DEI関連の価値観を引き続き推進しようとする組織の中には、名称を変更して取り組みを続ける動きも見られます[6]。マクドナルドが多様性チームの名称を「グローバル包摂性チーム」に変更したように[2]、「DEI」という言葉は使わないものの、実質的には類似の取り組みを続ける企業もあるようです。
リーダーシップコーチのディマ・ガーウィ氏によれば、彼女のクライアントには実際に、DEI推進プログラムをさらに拡大し、障害者や多様な年代を対象にしていこうとしている企業があるといいます。「すべての企業が足を止めたわけではない。2020年のときのように外部に堂々したDEI推進の見解を発表するのは気が引けるかもしれない。ウェブサイトで触れたり、DEI関連の賞には応募しない。しかし、社内的には進めているのだ」と述べています[6]。
③ 航空機事故とDEIをめぐる論争
2025年1月29日、ワシントン近郊でアメリカン航空の旅客機と米軍のヘリコプターが空中衝突した事故が発生しました。トランプ大統領はこの事故について記者会見で、連邦航空局(FAA)の多様性政策が原因である可能性を示唆しました[5]。
「航空管制官には優秀で機転の利く人材が必要だ。今後はそういう人材を確保する」とトランプ大統領は語り、事故の原因に多様性が関係するとなぜ言えるのか問われた際には、「私には常識があるが、常識がない人も多い」と答えました[6]。
これに対し、前運輸長官のピート・ブティジェッジ氏はソーシャルメディアで「家族が悲しみに暮れるなか、トランプ大統領はうそをつくのではなく、指導力を発揮すべきだ」と批判し[5]、民主党のチャック・シューマー上院少数院内総務も「アメリカ合衆国大統領が、遺体がまだ収容されている最中に根拠のない憶測を述べるのは問題だ」と述べています[5]。
④ DEI政策の有効性をめぐる議論
DEI政策の有効性については様々な見解があります。ハーバード大学の研究者を含む一部の研究によると、多様性トレーニングなどのDEIプログラムは有害となる可能性があるとされています。トレーナーは従業員からの敵意や抵抗に直面することが多く、トレーニングを受けた人々がかえって他のグループに対する敵意を感じるようになる場合もあるとの指摘があります[11]。
一方、ハーバード大学のシリ・チラジ研究員は、人種や性別に基づく障壁は依然として存在しており、「全ての人々のために競争の場を均等にする」ことに焦点を当てたDEI解決策が必要だと主張しています。彼女は、同じ履歴書を送った場合でも、白人と推定される応募者は黒人と推定される応募者よりも雇用主から9.5%多く連絡を受けるという全米経済研究所の最近の研究結果を引用しています[11]。
チラジ研究員は多くのDEIプログラムには本物の問題があることも認めており、最も一般的なプログラム(多様性や無意識の偏見に関するトレーニングや従業員リソースグループなど)が最も効果が低いケースが多いと指摘しています。これらのプログラムを測定可能な成果のない自己目的と見なす傾向が問題だと彼女は述べています[11]。
【7】 まとめ
アメリカのDEI政策は、1960年代の公民権運動を起源とし、近年ではより広範な多様性の促進を目指す流れになっていました。しかし2023年の最高裁判決と2025年のトランプ政権の復活により、連邦政府と多くの民間企業でDEI政策の廃止や見直しが進んでいます。
一方で、全ての組織がDEI政策を放棄しているわけではなく、「DEI」という言葉を使わずに類似の取り組みを続ける動きや、社会経済的な観点から多様性を確保する新たなアプローチも見られます。今後も米国社会におけるDEI政策の変化とその影響に注目していく必要があるでしょう。
【8】引用リスト
[1] 米最高裁「アファーマティブ・アクション」違憲判決…突き付けられる「多様性の確保」
[2] 米マクドナルド、DEI施策の一部を終了 多様性推進に逆風
[3] Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing
[4] トランプ米大統領、連邦政府の多様性、公平性、包摂性(DEI)を終了する大統領令に署名
[5] トランプ米大統領、航空機衝突の原因は「多様性プログラム」だと主張
[6] アングル:トランプ政権の反DEI政策、米国の官民に広がる影響と動揺
[7] Target retreated on DEI. Then came the backlash
[8] BofA、採用や管理職登用で多様性推進の取り組み廃止
[9] トランプ氏「DEIはデマ!」、アップルに多様性施策廃止求める
[10] 米ゴールドマン、年次報告書で多様性・包摂性に関する項目削除
[11] In the US, DEI is under attack. But under a different name, it might live on
[12] 米グラスルイス、株主総会の議決権行使基準で「多様性」堅持
[13] US EPA administrator says he canceled DEI grants totaling $1.7 billion
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